【 第弐章 】
氷室家の本邸にたどりついてから翌日のことだった。
朝餉を終えたところにひとが来て、当主とのめどおりを許された。
本邸は広く、ところどころに何か儀式的なものが多く配置されている。
氷室家で代々行われている儀式に関連するものなのだろうか。
最低限のことしか物言わない案内人にうながされるように入った広間には
五人の男たちが座していた。
−この氷室邸における実質的な権力者たち。
神事にたずさわる4人の神官が横に並び、中心の上座には
― 氷室の当主が座っていた。
口上を述べ、胸元から分家からの書状をとりだし、畳の上に置くと、
神官の一人がそれをとり、当主に手渡す。
その時、はじめて、まともに当主を見ることができた。
齢を重ねた神官たちの中にありながら、気後れしない佇まい。
張り詰められた琴線のような雰囲気は、他人が入れぬ特殊な空間を
つくりあげていた。
分家の人間に聞いたことがある。
その座についた現当主は、あまり歳も違わないということを。
誉れ高いその地位についた青年の端正な造形の顔には笑みもなく、
暗く沈んだ瞳に鈍い光が浮かんでいた。
短くとも長くとも感じられた時が過ぎ、広間からでた途端、
緊張の糸が緩むのと同時に背中に冷たい汗が急激ににじんだ。
彼らがもつ言いがたい雰囲気にあてられたのだろうか。
− 彼らの背後には、この氷室家の「気」が黒く滞ってまとわりついている。
霊力は本家の人間ほどではないが、分家の人間である自分にも
わかるほどの、負の気。
あの気を体に背負ってなお、平常を保てるほどの霊力。
− 本家と分家の差は、「別な意味」で隔たれているのかもしれない。
そして、その頂に座する氷室家当主。
こちらを見ている当主と目をあわせることができなかったが
一瞬だけその目とあった時があった。
気のせいかもしれない。
その時、彼が口元に笑みを浮かべたように見えたのは−。
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