【 第参章 】


氷室邸に来てから数日の時が流れた。

最初は口の堅かった氷室家の家人とも、話す機会が多くなった。
未だにあからさまに避ける家人もいたが、この閉鎖的な空間に
いたのなら無理もないのかもしれない。

ここ氷室邸での行動は、一部を除きどこへでも出入りが自由だったため、
手すきになった時間は氷室邸を散策などしてみたが、広すぎる邸内を
一人で歩き回るという行動はやはりどこか気がひけ、一日の大半の多くは
中庭や居間で子供の相手をするのが日課のようになっていた。

日に日に忙しなくなっていく邸内で、私のような立場の人間は
子供たちにはちょうどいい遊び相手なのだろう。

「儀式」に関与させるという当主の意向は、あの手紙以来今日に
いたるまで話題に触れもせず、相も変わらず「客人」として
待遇される日々が続いている。
儀式の準備はどこかで行われているのだろうが、その手伝いを
申し出ても、家人に丁重に断られる始末だった。


− 私はここに、「ただ居る」だけでいいのだろうか。


焦りがないわけでもなかったが、まるでそんな想いを裏切るように
時だけが流れていく。

そんななか「本家」や「分家」という隔たりをもたない子供達は
無邪気に「鬼追い」をしながら遊んでいる。

ふと見れば、ここに来た頃はまだ咲き始めだった中庭の桜が、花開いている。


日を追うごとに白さを増していく桜。


それと同時に、子供達の姿も日を追うごとに減っていく。
子供達と入れ替わるようにして、男達の姿をよく見かけるようになった。


そんな時、−「彼女」を見つけた。


中庭の向こう側にある格子越しの窓からこちらをのぞきこんでいる目と
視線があう。手を振ってみたが、慌てたように隠れてしまった。

まだ見たことのない顔だったように思える。

この氷室邸の家人なのだろうか。

不思議に思い、夕餉をもってきた女中に尋ねてみると、
わずかに動揺し口をとざしてしまった。

気になり、他の者にも聞いてみたが、どれも反応は似たようなものだった。

誰もがまるで「何か」を恐れてるようだった。


− 彼女は一体「誰」なのだろうか。


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