〜当主の回想・一〜
季節外れの雨が降っていた。
朝だというのに、ここの地下洞窟には日の光がはいらない。
ここは、『夜』の世界なのだ。
立ち並ぶ松明の灯りは黄泉に誘う人魂のようだと思った。
その日、初めて儀式に立ちあった。
− 氷室家は尊い宿命を背負っているのだ −
口承によって受け継がれた狂乱の宴を、男は尊い宿命だと言った。
神官たちの言の葉が呪詛のように容赦なく体にはいりこむ。
縄が……縄が……裂かれる……。
悲鳴が、この世に留まろうとする魂の叫びが全てを切り裂く。
気の狂いそうな光景に目をそむけようとした私の顎を、誰かが止めた。
背後に立ち、まるでこの世に繋ぎとめるかのように肩を抑えつけていた男が
耳元で囁く。
− これがお前が背負う《尊さ》なのだ − と。
〜当主の回想・弐〜
その日は早朝から霧雨が降っていたのを記憶している。
儀式の終わった氷室邸は、奇妙なほど静まりかえっていた。
鉄格子のはまった窓の向こう側は、霧がかり、全てが白くかすんでいた。
− 2つの人影を覆い隠すかのように。
その日、母と弟が氷室邸を出たきり、戻らなかった。
2人は気づいただろうか。
振り向きもせずにゆっくりと立ち去っていく2人の背中を見ていた自分に。
その姿が見えなくなっても、いつまでも霧の向こうを眺めていた。
戻ることのない幻影を幾度も反芻しながら……。
わけ隔てられた世界。牢獄を隠すように霧雨が降る。
私は選ばれなかったのだ。
〜当主の回想・参〜
廊下を歩くたびに、一族の者たちが頭をさげる。
氷室家の当主就任したのは、もうずいぶん前のような気がする。
誉れ高いその座は牢獄の鎖だと知るのはそうかからなかった。
生きながら牢獄につながれた贄。
そして牢獄でしか生きていけない存在を哀れむように一族は頭をさげるのだ。
中庭の桜が咲き狂う。
無垢な色の花は氷室家の穢れを清めるかのように咲く。
− 儀式の日が近づいていた。
→氷室家当主の回想四〜陸