〜当主の回想・四〜
「生きたい……死にたくない……」
裂き縄の儀式に選ばれた巫女が泣く。
生贄のためだけに育てられた巫女が、己の宿命を呪っているのだ。
感化されるように氷室家の礎となった者たちの霊がざわめきだす。
柱から、壁から、天井から、地面から、無数の死者の手がのびて、
空をつかんでは怨嗟の声をあげた。
黄泉へと誘う声は日増しに強くなっている。
空気は淀み、ものは生彩を欠いていく。
儀式で用いられる当主の面をかぶる。
生贄への情けを見せぬための面は、怒りと哀しみが刻まれている。
生きている者への怒り、死んでいく者への哀しみ。
鬼となった女、般若の面は、氷室家を物語っているようだった。
地下洞窟に松明が灯され、氷室家一族の者が列をなす。
幼い頃の悪夢がまた始まろうとしていた。
生贄が捧げられる。尊い宿命という狂乱の宴のなかで。
縄がかけられ、生きながらにして四肢を引き裂かれていく。
そして私は、巫女の血を吸い上げた縄を手にした。
− もう、何も感じない……。
〜当主の回想・伍〜
黄泉の扉を封印している御神鏡が砕け散る音を聞いた。
その瞬間、儀式が失敗したことを知った。
黄泉の瘴気がせきをきったよう溢れ出す。
命さえもかすめとっていく瘴気に身をひたしながら、
私は口元に笑みを浮かべていた。
〜当主の回想・陸〜
全てをかすめとっていくあの瘴気の中でさえも私は生き残った。
重ね連なる死体の中を彷徨いながら、その手に刀を握りしめていた。
微かに息のあるものを見つけては、刀を突き刺していく。
そのたびに私の背には重くのしかかるものが増えていった。
− 「声」が聴こえる。
生きたい、逝きたいと泣き叫ぶ声が。
生き残ったのは一族の中でも霊力が高い者だけだった。
生贄を多く捧げた呪われし者達が、牢獄に取り残されたのだ。
逝くことさえ許されない存在の行き場はどこにあるというのだろう。
血を吸った刀が重さを増していく。
そして楔を解き放つように次々と刀で神官たちの首をはねていった。
一つ……二つ……三つ……四つ……。
逃げ惑い許しを乞うその姿は、ありし日の母と弟の幻影と重なっては消えた。
返り血で、庭の桜に鮮やかな朱がはしる。
散り始めた桜は失われた人の命を数えるように、降りつづける。
− 帰らぬ者を悼む涙のようにいつまでもそれは降り続けた。
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